忍びの家、おもしろいですよねー。
続き、早く見たい!
さて。
前回のお話の続きです。
役行者(えんのぎょうじゃ)とはいったいどんな人物なのでしょう。
修験道と修験者
日本では古来、深い山などは神霊のすみかとして崇められ、山の中の神社で祀られてきました。
里の人たちは山で修行する人たちを神靈を使役する力を修めた者として崇め
「修験」あるいは山に伏して修行することから「山伏」と呼ぶようになっていきました。
鎌倉時代になると吉野山(奈良県)や熊野(和歌山県)
またその間にある大峰山系で修行する修験者の組織が作られました。
この時代は仏教界では続々と名僧が誕生していきます。
修験者たちも自分たちの組織にとって理想的な開祖を想定する必要が出てきました。
そこでm「続日本紀」の699年(文武天皇三)条に記されていた役小角(えんのおづの)を
彼らが理想とする修験者と仰ぎ
「役行者」を通称として修験道の開祖として崇めるようになりました。
ちなみに、この役小角は鬼神をしたがえてやがては仙人になったといわれています。
おわりに
役小角を始祖とする修験者たちは吉野と熊野、金峯山に入って修行する本山派と
積極的に全国各地をまわり各地に弟子をつくる当山派にわかれました。
ひょっとすると
忍びの家の風魔一族にいる役行者は当山派の流れをくむものかもしれません。
なんて。いろいろ想像するだけで楽しいですね。
いつかそれぞれの歴史や背景がわかるときがくるといいな。
ではでは。
今回の仏教入門はここまで٩(ˊᗜˋ*)و